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那(くに)ちゃん その1
 鈴鹿の耐久レースが七時間ではなく、十二時間だったころの話だ。

 周回一周目、一台のバイクがマシントラブルにみまわれた。エンジンがかからなくなったが、乗っていたレーサーは勝負を投げなかった。押し歩きでピットに向かい始めた。一秒でも早く戻らねばならない。体力気力、全開での押し歩きである。しかしピットに帰って来たのは、四十分後だった。相棒のレーサー兼メカニックは、早速バイクの修理にとりかかった。その相棒が那ちゃんだ。

 修理が済むと、那チャンは自らバイクにまたがり、コースに出た。すでにこの時は、何十周も周回遅れ。
 残りの十一時間を那ちゃんは一人で走った。その結果那ちゃんのチームは二位でゴールインした。一位のやつは勝った気がしなかっただろう。


「広司、俺は死んでもいいと思って走ったよ」と那ちゃんは言った。
「馬鹿じゃない」
 そう私が言うと、那ちゃんはうなづきながら、
「そうだよな。ほんと馬鹿だよな。レースに命をかけるなんて」

 私は口では馬鹿だと言ったが、内心ではそう思っていなかった。死んでもいいと思って走った、そのガッツを支えていたものが、ポジティブなものばかりでないのを知っていたから。

 那ちゃんたちは金がなかったので、ガソリン泥棒をしながら鈴鹿に行った。(当時はガソリンタンクのキャップに鍵がなかったので、簡単に盗めた)バイクが故障したのはガソリン泥棒の報いかもしれない。隠しおおせる悪事など、この世には一つもないのだ。

 那ちゃんは本田宗一郎に気に入られた。ある飲み会でいっしょになった時に、工具をあげると言われた。

 さっそくもらいに行くと、
「おれ、酔っ払ってて、覚えてないんだよな」と本田宗一郎は首をかしげた。「ほんとにおれ、あげるって言った?」
 
 本田宗一郎があげると言った工具は、現在の貨幣価値で言うと、五十万円くらいのものだ。当時ホンダの本社は千葉にあり、町工場に毛が生えたレベル。五十万円もするような工具をポーンとあげられるような経済状況ではない。さすがの本田宗一郎も、酔った勢いで言ったこと、なかったことにしてほしいという意味のことを言ったそうだ。

 そこへ奥さんが登場した。
「あんた、この人はこうしてもらいに来てるのよ。酔っ払っていようがなんだろうが、あんた約束したのよ。ちゃんとあげなさいよ」
 本田宗一郎をも超える大物の出現により、那ちゃんは工具を手に入れることができた。

 類は友を呼ぶ。波動の法則の一つだ。大器の陰には必ず大器がいる。ホンダが世界のホンダになるにあたって、奥さんが果たした功績ははかり知れないものがあっただろう。

 那ちゃんは白髪の多くなった髪の毛に手をやり、
「彼女には十歳さば読んでいるんだ。髪の毛染めなくちゃ」
 実際は六十五、六だろうが、自称五十五歳ということにしておこう。

 
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